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【哲学】「自分」とは何か?

自分とは? 心理

かつて単なる赤ん坊であった「自分」は、他者とのかかわりや成長を経て学生、友人、恋人、会社員、親などと目まぐるしく変化していくものです。

人によっては数多の役割を連続してこなしていくうちに「自分」とは何なのか分からなくなってしまうこともままあります。

今回はそんな「自分自身」の考え方について、個人的に感銘を受けた哲学者サルトルの言葉から紐解いていこうと思います。ぜひ一度「自分」というものを腰を据えて考えてみてください!

対他存在と対自存在

mirror-and-man

「自分」を考えるにあたって重要になるのは、一律に定義できるもの(即自存在ではないということです。

例えば、ダイヤモンドは硬度や組成などから、いつ誰が見てもその性質や物体そのものが変わることがない存在ですが、人は相手との関係や状況、知識や経験などによって無限の解釈が可能である存在だというわけです。

それに加えて、主観的に見る自分(対自存在)と他人から見える自分(対他存在)は別物であるということも意識しておかなくてはなりません。

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対他存在

手を繋ぐ恋人

前述のように、「自分」とは一つの言葉で定義できるようなもの(即自存在)ではなく、他人と自分自身のイメージからなる集合体のようなものです。

他人から見た自分(対他存在)を考える際に重要となるのは、相手から見た「自分」の役職や性格、容姿などをラベリングすることです。

例えば、恋人から見ればあなたも恋人であり、性格も温厚な絶世の美女(イケメン)に見えていることでしょう。

しかし、上司から見れば生意気で何ごとも笑って済ませる責任感のない部下として映っているかもしれないということです。

対自存在

自分を眺める自分

意外に思われるかもしれませんが、他人から見た自分(対他存在)を考えるよりも、自分から見た自分(対自存在)を考える方がはるかに難しいのです。

なぜなら、他人は「自分」のことをいくつかの側面からしか捉えておらず、特に目立った部分のラベリングをしがちなのに対し、自分は「自分」のことをあらゆる角度から見えてしまうからです。

つまり、自分自身は「自分」をいかようにでも定義することができるわけです。

哲学者サルトルは、「自分」が数多の他人のイメージと無限に想像できる自分自身から成り、それらは常に変化し続けているということを「人間は自由の刑に課せられている」と表現しています。

ネガティブな印象を与えながらも、どこか詩的で芯を食ったような表現こそ彼の魅力ですね!

サルトル著「嘔吐」

世界と自分との関りを独自の世界観で書いたサルトルの名著に「嘔吐」があります。

物語が進むごとに強まっていく、正体不明の吐き気と「自分」という存在の対比がサルトルならではの独特な世界観で描かれており、思考の沼にどっぷり浸かりたい方にはたまらない必読書となっています。

詳しく知りたい方はこちらの記事へどうぞ⤵

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感想(2件)

まとめ

「自分」を考えるにあたっての2つの考え方、対他存在対自存在について簡単にご紹介しましたがいかがだったでしょうか。

詳しく話すとかなり長々とした文章になってしまうため概要のみとなりましたが、これを機に哲学という分野の面白さの一端でも伝われば幸いです。

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