「百聞は一見に如かず」ということわざがあるように、体験することはただ見聞きすることよりもはるかに多くのことを学べる。というのが一般的です
。しかし、本当にそうでしょうか?新たな学びがあるとすれば、それは何なのでしょうか。今回はそんな学びの哲学「メアリーの部屋」についてご紹介します!
メアリーの部屋とは?
それではさっそく、「メアリーの部屋」という哲学の思考実験についてご紹介します。
『あるところに、すべてが白黒で色が全くない部屋の中で育ったメアリーという名の少女がいた。彼女は白黒の本を読み、白黒のテレビを見て世界中の出来事や知識を身につけていった。』
『白黒の世界で育ったメアリーは、「色」というものに強い関心を示し、視覚に関する物理的事実をすべて会得し、世界一の視覚科学者となっていた。さて、こうなった彼女に外の世界を見せるとどうなるのだろうか。「色」についてすべてを知る彼女は何かを新しく学ぶのだろうか?』
メアリーの部屋と「クオリア」
「メアリーの部屋」という思考実験の核となるのは、「見聞きした知識」を完全に網羅したメアリーが、「経験による新たな知識」を得られるのであれば、「クオリア(経験による主観的性質)」が存在するといえることにあります。
この実験の提唱者である、哲学者のフランク・ジャクソンは、「メアリーは原理を知ることは出来るが、その体験がどのようなものかを知る術はなく、メアリーが新たな知見を得るのは明らかである。」と発言しました。
みなさんはこれについてどう考えますか?
メアリーの部屋に対する反応
「経験と知識に違いはあるのか」という疑問については、これまで何度も論争になった歴史があります。そして、それは今回の思考実験についても例外ではありません。そんな「メアリーの部屋」への解答やさまざまな論点からの解釈についてご紹介します。
ダニエル・クレメント・デネット3世
https://www.wikiwand.com/ja/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88 ダニエル・クレメント・デネット 2008年撮影
アメリカの哲学者であるダニエル・クレメント・デネット3世によれば、「メアリーが新たに学ぶことはない」とのことです。
その理由について、この思考実験は「メアリーは色について知りうる全てのことを知っていた」という前提の上に成り立っていることがあります。
つまり、メアリーは色を見るという体験がどのようなものかということさえ知っていたことになるのです。
ダニエル氏は、「それほどの深い知識を得るのは不可能であり、前提そのものが破綻している。強引にそのような状況を想定したとするなら新たな学びはあり得ない。」と結論付けました。
フランク・ジャクソン
The Chinese University of Hong Kong -Frank Jackson 2006
「メアリーの部屋」問題の提案者であるフランク・ジャクソン博士は、始めは認識論的な意味での物理主義を否定する意味で「メアリーが新たな知見を得るのは明らか」としていましたが、のちにとある矛盾に気付き、考えを改めます。
彼はもともと随伴現象(精神の変化は物理的干渉によって引き起こされるが、その逆はない)主義者だったのですが、彼曰く「メアリーの部屋」の話においては逆の手順が発生し、矛盾が生じてしまいます。
現在ではこれが現象判断のパラドックスとして最も重要なパラドックスの1つとなっています。
現実の「メアリー」
https://slideplayer.com/slide/3181772/ Knut Nordby
実は、「メアリーの部屋」のメアリーと非常に似た境遇にあった人物が実在します。
先天性全色盲(生まれつき色が見えない)を患ったクヌート・ノルドビーさんは、色についてその物理学そして色覚受容体のメカニズムに関する生理学などを徹底的に学びました。
しかし彼は「結局色の持つ真の性質を理解することはできなかった」と述べていることから、少なくとも彼自身には、体験によって得られるものがあるという確信があったのではないでしょうか。
彼の生前の論文についても公開されているので、興味があれば調べてみてください。
まとめ
今回は、「体験」によって得られるものは何かを考える思考実験「メアリーの部屋」についてご紹介しましたがいかがだったでしょうか。
このほかにもさまざまな思考実験や雑学について紹介しているので、よろしければぜひご覧になっていってください!
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